筑波大学 特別経費プロジェクト 「生命の樹」研究機能の充実 -多様な非モデル生物研究に基づく生命原理の再構築-

「珪藻細胞中の共生シアノバクテリアのゲノムを解読」

ロパロディア科珪藻細胞中の共生シアノバクテリア(楕円体)は「オルガネラ」か?:楕円体ゲノム解読からわかったこと

稲垣祐司(筑波大学・生命環境系・計算科学研究センター)

ミトコンドリアはαプロテオバクテリアの、葉緑体はシアノバクテリアとの細胞内共生を通じて成立しました。この2つのオルガネラは、進化的起源・機能が互いに異なりますが、どちらも10億年以上前に成立した進化的に「古い」オルガネラであり、現存する真核生物の細胞体制、代謝、ゲノムの初期進化に重大な影響を与えたと考えられます。従って、現在地球上にみられる真核細胞がどのように確立したか、特にその初期段階を知るためには、ミトコンドリアと色素体がオルガネラとして確立する過程を解明する必要があります。これまで我々は、オルガネラ獲得に伴う宿主と共生体双方の細胞体制やゲノムの変化を解明すべく、系統的に多様な真核微生物を対象に研究を進めてきました。

我々が把握している全ての真核生物はミトコンドリアを保持している、あるいはかつて保持していたことが明らかとなっており、真核生物の共通祖先ではすでにミトコンドリアは確立されたはずです。一方最初の葉緑体は、陸上植物と緑藻から構成される緑色植物、紅藻、灰色藻の共通祖先で確立されたとする仮説が一般的に支持されています。ミトコンドリアと葉緑体がどのような過程を経て成立したかを知ることは、真核生物の初期進化を解明するためのカギとなりますが、ミトコンドリアと葉緑体は真核細胞の一部として完全に統合されてしまっており、その成立過程の詳細を現存の生物種を用いて研究することには困難です。そこで、オルガネラ化しつつある、あるいはオルガネラ化して間もない細胞内共生バクテリア、即ち進化的に「若い」オルガネラをもつ真核生物を研究することで、共生バクテリアのオルガネラ化に伴い、宿主と共生体にどのような進化が起こったのかを解明しようとしています。今回はアメリカ科学アカデミー紀要に掲載されたロパロディア科珪藻の研究成果[1]を紹介いたします。

図1.ロパロディア科珪藻Rhopalodia gibba
図1.ロパロディア科珪藻Rhopalodia gibba
矢頭は楕円体を示す。写真提供:中山卓郎(筑波大)

珪藻は紅藻由来の葉緑体をもつ光合成真核生物(真核藻類)の一種であり、その多様性と現存量、どちらの面からも水圏で最も繁栄している生物と言えます。また、海洋環境の一次生産者として極めて重要なグループです。形態的特徴に基づき、珪藻は中心目と羽状目に大別できますが、ロパロディア科は羽状目に属する比較的小さなグループです。ロパロディア科珪藻は、ミトコンドリアと葉緑体の他にシアノバクテリア共生体(spheroid body/楕円体)をもつことが古くから知られていました[2]。楕円体は宿主から分離して培養できないこと、楕円体と宿主の分裂は同調していることが分かっており、珪藻細胞内でオルガネラ的挙動をとります。リボソームDNA配列の系統解析から楕円体は窒素固定シアノバクテリアであるCyanothece属と近縁であることが示されているのに加え[3,4]、ロパロディア科珪藻の一種であるRhopalodia gibba(図1)には窒素固定能が確認できる4)ことから、楕円体は窒素固定をおこない窒素化合物を宿主細胞に供給していると予想されていました。また興味深いことに、楕円体はシアノバクテリアであるにもかかわらずクロロフィル蛍光が検出できず、光合成をおこなっていない可能性が挙げられていました。このような背景の中、我々はロパロディア科珪藻細胞内における楕円体の機能と宿主細胞への統合の程度を検証するため、ロパロディア科珪藻の一種であるEpithemia turgidaの楕円体ゲノム解読に取り掛かりました。

図2.単離された楕円体
図2.単離された楕円体
写真提供:中山卓郎(筑波大)

E. turgidaは栃木県湯ノ湖より単離し、実験室内で継代培養してきた株です。大量培養した珪藻細胞から楕円体を粗精製し(図2)、DNAを抽出しました。この粗楕円体DNAを全ゲノム増幅後、シーケンス解析を行い、楕円体ゲノムの完全解読に成功しました。
E. turgida楕円体ゲノムは約2.79 Mbpの環状DNA分子であり、自由生活性近縁種のゲノムと比較すると、楕円体ゲノムは縮退していることがわかりました(図3)。

図3.ロパロディア科珪藻Epithemia turgida楕円体の環状ゲノムマップ
図3.ロパロディア科珪藻Epithemia turgida楕円体の環状ゲノムマップ
外側から内側にむけて順番に、
センス鎖にコードされたタンパク質遺伝子、
アンチセンス鎖にコードされたタンパク質遺伝子、
偽遺伝子の位置を示した。

またゲノムサイズの違いを反映し、近縁の自由生活性シアノバクテリアゲノムには4-5千個のタンパク質遺伝子が見つかるのに対して、楕円体ゲノムには1720個のタンパク質遺伝子しか同定されませんでした。また楕円体ゲノムには225個に上る偽遺伝子が存在することが明らかとなり(図3)、この共生体ゲノムが現在も縮退の途上であることが示唆されました。

ゲノム解読から判明した最も興味深い知見は、楕円体は光合成に必要な一連のタンパク質群(光化学系Ⅰ、Ⅱおよびアンテナタンパク質)を完全に欠失しているということです(図4)。それに加えてクロロフィルa合成に必要な酵素群も欠失していることが分かりました。このように我々はE. turgida楕円体ゲノムシーケンスにより、これまでに提唱された楕円体が光合成能をもたないという予想を裏付けることに成功しました。自由生活性・共生性に関わらず、光合成を失ったシアノバクテリアは楕円体以外に知られていません。また炭酸固定に必須のRuBisCOや、エネルギー生産の要であるTCA回路が不完全であることから、楕円体は宿主細胞に代謝的に依存していることが明確になりました。以上の結果は、楕円体は宿主と代謝的に不可分な共生体であり、オルガネラに極めて近い状態であることを示します。また窒素固定に必要な一連のタンパク質遺伝子が同定できたことから(図4)、楕円体は「窒素固定に特化した準オルガネラ」と考えられます。

図4.ロパロディア科珪藻Epithemia turgida楕円体ゲノムから推測された代謝マップ

図4.ロパロディア科珪藻Epithemia turgida楕円体ゲノムから推測された代謝マップ
図中の矢印は代謝反応を示す。
細胞内共生バクテリア一般とは異なり、Epithemia turgida楕円体は20種類のアミノ酸(赤字でハイライト)、
プリンおよびピリミジン(青字でハイライト)を合成できると考えられる。

楕円体は珪藻細胞内で「準オルガネラ」状態である一方、これまで研究されてきた細胞内バクテリア共生体とは異なる特徴も見出すことができました。一般に、細胞内バクテリア共生体はアミノ酸、核酸、各種補因子等を宿主から供給されるため、ゲノム上に元々保持していた「自前」の代謝系遺伝子を失う傾向があります。しかしE. turgida楕円体ゲノムには、20種類のアミノ酸や核酸(プリンとピリミジン)を合成する一連のタンパク質の遺伝子が同定されました(図4)。従って、これまで研究された多くの共生バクテリアに比べ、楕円体の宿主依存度は低いと推測できます。つまり、我々が研究開始時に予想した通り、楕円体は進化的に「若い」オルガネラである可能性が極めて高いともいえます。

今回のゲノム解析結果から、ロパロディア科珪藻の祖先細胞に共生したシアノバクテリアは、そのアイデンティティともいえる光合成能を失いつつ宿主(珪藻)に統合され、窒素固定に特化した「準オルガネラ」となっていることが判明しました。現在我々はロパロディア科珪藻の網羅的発現遺伝子解析を進めており、宿主が楕円体を「窒素固定オルガネラ」として使役する機構の解明に取り組んでいます。今後、この共生関係について更に知見を蓄積することができれば、ミトコンドリアや葉緑体の確立過程や真核生物の初期進化を解明する手がかりになると期待されます。

  1. Nakayama T, Kamikawa R, Tanifuji G, Kashiyama Y, Ohkouchi N, Archibald JA, Inagaki Y. 2014 Complete genome of a nonphotosynthetic cyanobacterium in a diatom reveals recent adaptations to an intracellular lifestyle. 2014 Proc Nat Acad Sci USA 111:11407-11412.
  2. Drum RW, Pankratz S. Fine structure of an unusual cytoplasmic inclusion in the diatom genus, Rhopalodia. Protoplasma 1965 60:141-149.
  3. Nakayama T, Ikegami Y, Ishida K, Inagaki Y, Inouye I. Spheroid bodies in rhopalodiacean diatoms were derived from a single endosymbiotic cyanobacterium. 2011 J Plant Res 124:93-97.
  4. Prechtl J, Kneip C, Lockhart P, Wenderoth K, Maier UG. Intracellular spheroid bodies of Rhopalodia gibba have nitrogen-fixing apparatus of cyanobacterial origin.2004 Mol Biol Evol 21:1477-1481.