卒業生からのメッセージ

もし、研究を続けたいと思ってるなら

清澤 秀孔

独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター・開発研究員
筑波大学大学院生命環境科学研究科(連携大学院)・准教授

1984年 筑波大学第二学群生物学類卒業
1994年 ユタ州立大学大学院(分子生物学プログラム)修了。Ph.D..



私は現在、つくばの理化学研究所で生物学の研究をしています。自分の子供が大学を受験するくらいの年齢になりましたが、この歳になって改めて「生物学」に携わる仕事についていてよかったと思います。大学卒業後、順調とは言えない研究生活でしたが、大学・大学院時代の経験ゆえに今の自分があることを実感しており、若い方々に何らかの参考になればと思い、これを書いています。

私が大学で「生物学」を学ぶことを選んだのは、小さな頃から「生き物」が好きだったのが理由です。今も家の中には数十匹のクワガタがいますし、研究室のデスクにも蝶の標本を置かないと落ち着かない、そんなタイプの人間です。自分自身や大学時代の友人、知り合いを見ていると、今でも研究を続けている人たちにはいくつかの特徴があります。

ひとつは(能力や実力以前に)研究が好きだということです。言い換えるなら(ちょっとネガティブな言い方になりますが)それ以外は向かない、できない、ともいえます。他人と比べて向いている、向いていないという意味ではありません。あくまでも自分自身の中での話です。仮に研究能力が高くても、いろいろなことに興味や能力がある人なら、別の道へ進んでいることも多いと思います。もう一つは生活スタイルです。よく言えば自由が好きで、勝手気ままな人の方が研究者として残っています。これも他人の迷惑をかえりみず勝手気ままという意味ではなく(どの世界でもそのような人は常にいますが)、人に何かを言われてやるというより、自分で思うことをやりたい、という気質のことです。一般に研究能力が高い人は、人に言われたことを遂行する能力も高いですが、「研究者タイプ」の人はそのような生活を続けていると、きっと内側から何かが壊れていくのではないかと思います。そのような人です。

なので、生物学を研究してみたい、生き物が好きだ、生物学・生き物に携わる職業につきたい、という人は大学院に入って思い切り訓練を受けることを勧めます。ただ、アカデミックな職に就くことの厳しさはまわりの先輩や先生方から聞いていると思います。あくまでも自己責任です。先輩や先生が教えてくれなかったというのは二十歳を過ぎた大人の言い訳にはなりません。自分でいろいろ調べましょう。あくまでも個人的な感覚ですが、私の友人で研究を続けている人たちは(私を含めて)、将来の生活設計などを考えた上で研究者の道を選んだ人は少ないようです。上にも書きましたが「安定」より「自由」の方を優先するタイプの人の方が多いからです。両方求めるのも当然ですが、難しいかもしれません。

とはいえ、人それぞれいろいろな悩みがあります。私自身が悩んだ例を書いてみます。私は30歳を目前にし、生物学をもう一度学び直したい、そして研究者になりたいと思い、大学院に入り直しました。その際、環境や学費のことを考えてアメリカの大学院(ユタ州立大学)に進学を決めました。アメリカの大学院教育に関しては、筑波大学生物学類のホームページにある「つくば生物ジャーナル」に投稿したことがあるのでそちらも参考にしてください。
(http://www.biol.tsukuba.ac.jp/tjb/Vol5No3/TJB200603HK.html)

大学院に進学するにあたって相談した多くの人に指摘されたことが、「(私が)何を研究したいかはっきりしていない」ということでした。大学院に行きたいのならどこの研究室のどの先生につきたいのか、もしくは何の題材で研究をしたいのか(どんなテーマで論文を書きたいのかというレベルでの狭い範囲の興味)がちゃんと決まっていてしかるべきであると言われました。一般論としてはもっともなのですが、私としては別に何も考えていなかったわけではなく、この世には興味深い生命現象がいくらでもあり、何をやっても面白いだろうと思っていたわけです。研究室の環境も行ってみないとわかりません。

アカデミックな研究機関では各々の研究者が自分の興味のあることをとことん突きつめるというスタンスで日々、研究にいそしんでいます。非常に細かなレベルで完成度の高い研究を行い、結果をまとめないと論文も雑誌に受け入れられません。ただ、大学院生のうちからそのような細かいレベルの興味が必要なのか私は疑問に思います。あくまでも重要なのは一つのことに数年間打ち込み、集中する中で、研究の意味や方法論など、研究に関する様々な考え方を学ぶことではないでしょうか。もちろん、少しでも興味がわく研究対象に出会うに越したことはありません。だからこそ、アメリカの大学院では入学時に研究室が決まっておらず、研究室のローテンションを一年間、経験してから最終的な研究室を決める方法を取っているのではないかと思います。

私が大学院を決める前にいろいろ助言して下さった方々も、自分なりの経験から研究対象をはっきりさせた方がいいと助言して下さったと思うのですが、それが常に誰にでも当てはまるのではないことを私なりに経験しました。きっと皆さんも多くの先生、諸先輩方に助言をもらうと思いますが、自分自身で“よくよく"考えたことであれば、自信を持ちましょう。人それぞれ違います。ただ、“よく"考えて下さい。

筑波大学の生物学類、生命環境科学研究科生物科学専攻はいわゆる「理学部生物学科」に近いと思います。卒業後の進路に関しては、応用的な様々な分野のことも考えて先生方は相談にのってくれると思いますが、研究室では「基礎研究」が主体のところが多いと思います。始めから応用的な分野を対象とする学類、研究科は他にありますから、生物科学専攻では生物学、生命科学の基礎の基礎を学ぶことによって、その後の自分の将来(たとえ応用的な分野に進むにしても)を考えるというスタンスが一番合うのではないかと思います。

サイエンスは究極の「あそび」です、と言っている先生が知り合いにいます。苦痛に耐えながら歯を食いしばって頑張るようなものは学問ではないと考えているそうです。学生として人からいろいろ教わっている最中はそうもいかない状況があるかもしれませんが、基本的には私もそう思います。面白いから、好きだから研究をする、というのが理想です。ただ、現実はそうもいきません。自分個人のお金で全ての研究資金をまかなえるのならそれで良いのですが、ほとんどの科学者が現代においてサイエンスをおこなうには、税金であれ、財団からの援助であれ、研究資金を獲得しなければなりません。そしてその資金にはその使用にあたって何らかの条件が付きます。共同研究者もいたり、(こちらは競争しているつもりは無くても)競争相手もいたり、全て自分の思うようにことは進みません。

しかしそのような環境においても、心の中では遊び心を忘れず、自分自身が心から楽しめることができれば最高です。

大学院を出たあとはそれこそ人それぞれ様々です。結婚した相手の考え方、子供のこと、親のこと、人によって全く条件が違います。それでも自分は心から「生き物が好きで、研究者になりたい」と言える人は頑張ってみる価値があると思います。非常に贅沢な職業です。

ただし、何回も書きますが「自己責任」です。